2012/01/31

【解説】新しいiBooksとiTunes Uがもたらすもの(2)


前回に引き続き、AppleのiBooks・iTunes Uがもたらす効果と、学校や大学にとっての課題について考えます。


iBooksとiTunes Uは、私にとって、同じ「教育」というキーワードに関わりを持つ製品でありながら、全く異なることを想起させる製品です。

iBooksについて心に浮かぶことは、企業としてのAppleの姿です。AppleはiBooksによって、電子書籍や電子ファイル、Webページなど様々な「デジタルコンテンツ」を境目なく扱える「ビューアー」である、iPadの価値をさらに高めようとしています。電子教科書はその足掛かりであり、遅かれ早かれiBookstoreにはApp Storeのように、数多くの電子教科書が並ぶようになるでしょう。iPadを使って学びたい、使える教材を探したいという人々にとって、iBookstoreは大変利便性の高い基盤(プラットフォーム)になると思われます。

ただ、iBookstoreは新しい電子教科書を生みだす呼び水にはなりますが、その閉じられた性質上、現在ネット上に数多く存在しているOER(オープンな教育資源:Open Educational Resources)の検索エンジンにはなり得ません。OERに関わる人々の中では、かねてよりOERを横断的に検索できるプラットフォームが望まれていました。残念ながら、iBookstoreはこの要望に応えるものではなく、OERを配布する場所が「分断」されてしまったともいえます。

おしなべて、AppleはiBooksによって教育の分野にさらに踏み込み、自社の価値をより高めるための新しい戦略に取りかかった、と言えます。これは営利企業としては当然のことで、Appleが教育に関わる人々と企業とが「Win-Win」な関係を築ける新たなサービスをもたらしたことを、私は素直に喜んでいます。


一方、iTunes Uについて心に浮かぶことは、これからの大学の姿です。

刷新されたiTunes Uは、これまでの単純なビデオや教材の配信だけでなく、シラバスなど講義資料を包括する「コースウェア」も提供できるようになりました。さらに、Apple IDに紐づいた講義ごとのメモまで、PCとiOS間で共有できます。すなわち、新しいiTunes Uは、大学が提供してきたオープンコースウェア(OCW)と同様の、部分的にはそれを超えた機能を持つことになったといえます。

私は、大学でビデオ教材を制作して配信する仕事をしており、講義ビデオを大学独自のポータルサイトでも、iTunes Uでも配信しています。iTunes Uの機能が向上したことで、「これで大学独自のサイトを持つ必要はなくなった」「教材配信はAppleに頼ればいい」と、技術的には言える部分もあります。しかし、私個人はそのように考えてはいません。

大学からの教育コンテンツの公開、すなわち「大学発のオープンエデュケーション」は、大学が本来持つ公共的な性格を考えれば、大変重要な活動です。しかし、大学が無自覚にコンテンツを「垂れ流し」て、その使い方が他人任せになりかねないことを、私は危惧しています。大学がオープンエデュケーションに取り組む意義を理解した上で、教育コンテンツを「誰に、何を、何のために、どのように」供するべきなのか、大学はインターネット上でどのような学習環境を構築すべきなのか、いま一度再考する必要があるように思えます。

これはすなわち、大学が社会に対して何をすべきか、どういった関係を築くべきか、という問いと重なります。インターネットにより大学の垣根を越えて情報交換が否応なく行われる現代社会において、この問いは大学自身に課せられる大きな問いの一端であるように、私には感じられました。私自身、日々の仕事の中で引き続き、この答えについて考えていきたいと思います。


2012/01/22

【解説】新しいiBooksとiTunes Uがもたらすもの(1)

19日、AppleよりiBooks・iTunes Uについての発表がありました。

OpenEducation Update JP: Appleが新しいiBooks、iBookstore、iTunes Uを発表
http://oedupdate.jamsquare.org/2012/01/appleibooksibookstoreitunes-u.html


Appleによる教育の「再発明」を目指した、新しい提案とも言える内容でした。多くの教育関係者にとって魅力的なツールやサービスであると思われますが、これは教育に携わる個人や学校、大学に対してどのような変化を与えうるのか、考えてみたいと思います。


iBooksとiBooks Authorによって、教師はAppleが言うところの「動的で魅力的、インタラクティブ(dynamic, engaging and truly interactive)」な教科書を簡易に作成し配布できるようになります。日本では検定教科書制度があり、既存の教科書はそう即座に置き換えないでしょうが、iBook Authorで副教材を作り授業で補助的に使い、学習内容の理解を促すこともできるでしょう。

教科書のデジタル化は教育コストの削減につながると言われますが、iBooksで有料の教科書を買う場合、効果は限定的です。テキストは生徒個人のApple IDに紐づくと思われるため、授業ごと、学年が変わるごとにiBookstoreで教科書を買うこととなります。使い回しや買い取りはできません。

iBooksの電子教科書は(興味深いことに)Macで閲覧できません。教科書のビューアーとして、生徒一人一人にiPadが必要です。また、iBookstoreに教科書を載せるにはiTunes Connectへの登録が(おそらく)必要で、(おそらく)有料のADCメンバー登録が必要です(回避方法はありそうですが)。有料の教科書は規約によりAppleを介した販売に限定されます。(※追記:発表後に規約の変更がありました)

おしなべて、iBooksとiBookstoreは魅力的なツールである一方、使う教師と生徒に対し、相応の出費を求めます。ただ、iBooksアプリやiTunes Authorを無料で配布することは、大変素晴らしく、高く評価できます。


iTunes Uについて、iTunes Uは大学だけでなく小中学校からも使えるようになりました。日本での開始時期はまだ未定ですが、授業で使う教科書やビデオ、資料を配布する基盤(プラットフォーム)としてiTunes Uを使うことは、教材配布の利便性を多いに高めます。インターネット上のデジタル教材が抱える大きな問題の一つは、適切な教材を見つけることが難しい点です。iTunes Uはデジタル教材の検索性(Discoverbility)を高めるきっかけになりそうです。

今回の刷新で、iTunes U上だけでオープンコースウェアのような授業概要やシラバス、テストなど授業で提供されるほぼ全ての素材を包括的に提供できるようになりました。加えて、利用者のApple IDに紐づいたノートも用意されます。将来の可能性として、個別のApple IDごとに学習履歴を管理すれば、現在多くの大学が運用しているLMS(Learning Management System:学習管理システム)に近い機能を実現できます。仮に大学の持つ単位履修・ID管理システムと連携できれば、強力な「教育クラウド」に化ける可能性も秘めていそうです。

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長くなりましたので、ここで一旦区切ります。

次回は、iBooksとiTunes Uを使うことによる、学校や大学に課せられる課題について考えます。





2012/01/09

2012年スタート!:OpenEducation Update JPを開設

2012年が始まりました。

昨年は研究・教育活動において、新しいチャレンジの機会を数多く頂いた一年でした。
慣れないことも多く順調に進むことばかりではありませんでしたが、幸いなことに研究・教育・業務それぞれにおいて、少しずつ成果が出始めまています。本年も弛まず、挑戦を続ける所存です。
様々な場面でご一緒させて頂いているみなさま、本年も引き続きご指導およびお力添えのほど、どうぞ宜しくお願い致します。

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このたび、「OpenEducation Update JP」というサイトを立ち上げました。

OpenEducation Update JP -
http://oedupdate.jamsquare.org/

私が現在、打ち込んでいる仕事の一つが、オープンエデュケーションに関わる本の執筆です。今に至るまでの教育方法や学習環境の変遷を広く捉えた上で、現在、主にインターネット上で展開されるオープンエデュケーションがどのように展開され、未来の「学びや教え」をどう変える可能性を秘めているのか、私自身の経験も踏まえながら総括する解説書となる予定です。

オープンエデュケーションに関わる動向は日進月歩です。日々変わる状況を全て本に収めることは困難なため、執筆できる範囲を超えた最新情報について、この「OpenEducation Update JP」上に掲載することとしました。掲載情報は、OCWのような無料で公開される学習コンテンツの動向や、Youtube EDUやiTunes Uなどの学習ツールやコミュニティ、国内外の高等教育の現状に至るまで、幅広く対象と致します。

OpenEducation Update JPの更新情報は私のTwitterアカウント(@shigejam)でも配信します。加えて、定期的に更新情報をまとめた解説を本ブログに掲載する予定です。

知り得た情報を分かりやすく整理し構造化して蓄積することは、私自身がそれらについて深く考えるためにも大変重要です。その意味で、OpenEducation Update JPにおける活動の目的は、半分が情報の共有であり、残り半分は私自身の学びです。

みなさまの中で、オープンエデュケーション・ICTと教育の最新動向にご興味をお持ちの方がおられましたら、本サイトをご活用頂けますと幸いです。