先週末、東京大学にてBEAT公開研究会「オープンエデュケーションが切り開く未来」に出席しました。
東京大学大学院情報学環 ベネッセ先端教育技術学講座(BEAT)
公開研究会「オープンエデュケーションが切り開く未来」
http://blog.beatiii.jp/information/post_7.html
研究会では、MIT OpenCourseWareや未来のオープンエデュケーションに関わる方々の講演会や、参加者との質疑応答が行われました(詳細は上記サイトをご覧下さい)。
普段OpenCourseWareの運営に関わる身として日頃より感じているのは、
「なぜ大学教育をオープンにするのか」という問いです。
広報、説明責任、社会的責務…などいくつか普段より考えてきましたが、今回の研究会でハタと気づきました。
MITでは、授業を公開することが「外向き」の成果と同時に、内容が豊富、また教え方の上手なレクチャーから、他の講師や生徒が学ぶ「内向き」の成果が出始めているそうです。
これまでは(全てとは言いませんが)教育リソースが公開されていること自体が一つの成果とみなされていました。
このことは、公開された教育リソースそのものが、他の教授活動・学習活動そのものに影響を与え始めた端緒なのかもしれません。
同じような「オープン」にすることで成果を上げている分野に、LinuxやSourceForge等に代表されるオープンソースの世界があります。
ここでの「開かれている」メリットは、利用者が拡大することでより多くのフィードバックが得られたり、開発に多くの人が参画し、ソフトウェアのバグフィックスや機能追加がスピードアップすることがあります。
これをオープンエデュケーションに置き換えて考えると、教育リソースがオープンになることで、それらが「見本」となりうるスタティックなものから、利用者により動的に変化していく過程だともいえます。
もし教育リソースが「オープンソース」になる日がくるとしたら、、
そんな大変革は、案外すぐそこまできているのかもしれません。