2011/10/31

Open Education Conference:2)米国内でのオープンな電子教科書(Open eTextbook)の利用


前回に引き続き、Open Education Conference2011についてです。

学会の開かれたユタ州パークシティのホテル。スキー場のあるリゾート地で、この時期は閑散としていました。

学会ではオープンな教材(OER:Open Educational Resources)に関する数多くの発表が行われました。特徴的だったのは、オープンな教材を、米国内の教育問題解決に生かす取り組みが多く見られたことでした。これまでオープンな教材の開発や共有は、先進国の発展途上国へ向けた「国際教育協力」とも呼べる取り組みが中心的でした。しかしここ数年は世界的な経済状況の悪化も影響して、米国内で大学の学費値上げや学生の教育ローン返済苦など、高等教育システムのほころびが見受けられます。これについては以前にも取り上げました。

The Shigeta Way: 【転載】アメリカ大学事情(2):大学財政の悪化とキャンパスにおける抗議活動
http://shige.jamsquare.org/2010/12/2.html

近年、特にカレッジを中心としてオープンな電子教科書(Open eTextbook)の利用が広がっています。カレッジは学費が比較的安く地元から通う学生も多く、教科書が教育費に占める割合が高いため、教科書を無料にすることで教育コスト削減が期待できます。今回の学会では、ユタ州やカリフォルニア州など複数の事例が発表されましたが、印刷して利用することを前提とした教科書がほとんどであったことが印象的でした。教科書の内容はウェブ上のオープンな教材を組み合わせて開発し、印刷可能なフォーマットで配布されます。電子教科書を利用しているカレッジの調査でも、学生は印刷した教科書の方をより好むという結果が出ているようです。

滞在中も米国内の多くの都市で"Occupy Wall Street"と呼ばれるデモ活動が行われており、経済状況の悪化が教育をめぐる状況にも暗い影を落としています。国内の教育問題を行政や財団、大学や教育者が正しく認識し、問題解決のため実現可能な方法を共同で提案し行動していることが印象的でした。彼我の状況の差はありますが、日本においても学べることが多くあるように思えます。

2011/10/26

Open Education Conferenceに参加(1):オープンな教育資源(OER)のいま


今週は米国にて「Open Education Conference 2011」に参加しています。この学会ではオープンエデュケーションや、オープンな教育資源(Open Educational Resources: OER)の推進と活用について議論されています。学会はBrigham Young UniversityのSchool of Educationが主催し、Hewlett財団が支援しています。


Open Education 2011 Conference
http://openedconference.org/2011/




学会が開かれているユタ州は全米でもOERの活用が盛んな州の一つです。「Utah Open Textbook Project」と呼ばれる、学校で有料の教科書のかわりに無料のOpen Textbookを使い、教育コスト削減や学習効果への効果を実証的に調べるプロジェクトもあります。

Utah Open Textbook Project
http://utahopentextbooks.org/

初日のKeynoteにて、教育省の担当者によるプレゼンテーションがありました。米国では労働省による生涯学習などは除き、教育の実施は各州に委ねられている経緯もありますが、オープンエデュケーションについての政府の役割は、オープンエデュケーションに関わる人々が活躍できる「エコシステム」を作ることだと述べられていました。政府が活動主体になるのではなく、舞台を作るという戦略が印象的でした。

初日では主に、OERの開発と再利用についての発表が多く見られました。OERに関わる人々の興味は、教材をとにかくオープンにするというフェーズから、オープンにした教材のアクセスを容易にし、教材同士の結びつきを強め、質を高めるかというフェーズへと移っています。教材同士をつなげるツールやLMSとリンクさせるプラットフォームの提案など、その解決方法について提案されていました。

学会の模様はYoutubeにて、無料で視聴できます。興味を持たれた方はぜひご覧下さい。

openedconference さんのチャンネル - YouTube
http://www.youtube.com/openedconference

2011/10/07

彼は全てを残してくれた:追悼 スティーブ・ジョブズ

スティーブ・ジョブズが亡くなりました。大変残念です。思い出はつきませんが、まず何より、心よりご冥福をお祈りいたします。

今になり改めて、彼の偉大さを思い知ります。彼の復帰後、Appleという会社は大きく変わりました。一人の"a visionary and creative genius"に頼るのではなく、デザインに、マーケティングに、テクノロジーに、ロジスティクスに、Appleらしい製品を世に送り出す人々が集まる”company”が築かれました。

また、Appleが世に送り出した数多くの製品を見て触り使うことは、「Appleとは」「Appleらしさとは何か」について繰り返し感じ、考えさせられる経験です。彼なき後も、Macは、iPhoneは、iPadは、Apple TVは、私たちの日常生活の"dear friend"であり、彼のいた頃のAppleを思い出させる"inspiring mentor"であり続けるでしょう。

その意味において、"his spirit will forever"であると、私には思えます。彼は、これからもAppleに関わり続ける私たちに必要な全てを残してくれました。このことに何よりも感謝し、きょうの日と共に心に刻みます。


---
Steve Jobs 1955-2011
Apple has lost a visionary and creative genius, and the world has lost an amazing human being. Those of us who have been fortunate enough to know and work with Steve have lost a dear friend and an inspiring mentor. Steve leaves behind a company that only he could have built, and his spirit will forever be the foundation of Apple.
Apple - Remembering Steve Jobs
http://www.apple.com/stevejobs/


夏のリフレクション その1:教育工学会ワークショップ

早いもので10月です。今年は夏と秋が急に入れ替わった気がします。
9月はセミナーや研究会、学会と「出ずっぱり」な一月でした。学期が始まり全てが忘却の彼方に去ってしまう前に、少しばかり振り返りたいと思います。

まずは、教育工学会で開催したワークショップについて。
開催前にもブログで告知致しましたが、若手教員のキャリア形成を考えることを目的に、ワークショップを開きました。

The Shigeta Way: 日本教育工学会ワークショップ:「『大学教育センター』に所属する若手教員の悩みと将来展望:業務・研究・キャリア」を開催します
http://shige.jamsquare.org/2011/09/blog-post.html

多少告知を頑張ったつもりだったのですが、蓋を開けてみればなかなか人が集まらず…。同時に開催された他のワークショップも充実しており、やむを得なかったかもしれません。
お越し頂き、議論にご参加頂いた方々に、心より感謝を申し上げます。ありがとうございました。

ワークショップの様子。
共同開催者の林さんより、写真を頂きました。ありがとう!

ワークショップでは私からのイントロダクションに続いて、若手教員であり共同開催者でもある渡辺さん@首都大・松河さん@大阪大・林さん@東大のお三方から、ケーススタディとしてそれぞれのキャリアについてお話頂きました。

今回は議論の叩き台として、便宜的に大教センターの若手教員を3タイプに分類しました。仮にここでは、大教センターでの業務を教育企画やFDとしています。

  • 「一般的な」研究者
    • 研究領域のあてはまる学部学科に所属する研究者です。自らの研究領域の中で研究教育を行います。
  • タイプ1:業務と研究を切り分ける
    • 教育研究に携わっているが、業務と関連を持たせていない研究者です。業務は仕事と割りきって関わります。研究が業務の方向性に左右されない反面、研究+業務と二重に負荷がかかります。研究領域が教育学系でないという点が、一般的な研究者との大きな違いです。
  • タイプ2:業務の中で研究する
    • FDなど業務に関わりのあるフィールドで研究活動をする教育学の研究者です。業務と研究のシナジーが期待される反面、業務が研究の幅に制限を与えることもあり得ます。
  • タイプ3:異なるディシプリンを持っている
    • 教育学系の研究者ではないが、大教センターに所属する、教育学以外の領域に携わる研究者です。業務は仕事と割りきって関わる点は「タイプ1」と同じですが、研究領域が教育学でないため、将来は大教センター以外の職場で働くことを目指しています。
あくまで「叩き台」としての分類であり多少の不自然さはありますが、これを出発点に大教センターに所属する若手教員のキャリア形成について議論を行いました。
ワークショップで使ったスライドはこちらよりダウンロードできます。

議論は多岐に渡りましたが、私個人として印象に残った点をいくつか挙げておきます。

  • 自分の「コア・バリュー」をどこに置くか?
    将来の転職を考えた場合、研究領域だけでなく、業務内容や業務経験が問われることも多い。自らの研究の強みだけでなく、より多様な見方で自分の「強み」「弱み」に意識的になることが、将来設計において大事である。
  • 大教センター教員の「関係性の作り方」
    ゼミを持てず、学内外での教育活動が制限される若手教員の場合、研究やキャリアについて語り合ったり、共同研究の相手になる「仲間」を見つけることが容易でない。若手教員同士のフラットな関係性の中で、自分の「強み」を見つけて相互貢献し合えるような関係性を築くことが必要といえる。
  • 「タイプ2」教員は一見理想的だが、壁も高い
    業務をしながら研究もできる「タイプ2」の教員は一見理想的にも見えるが、何らかのスキル(システム開発・調査スキル等々)を持っていることが研究遂行の条件となるため、業務フィールドを研究対象にもできるような能力をどのように養い伸ばすかが課題である。


最後に、千葉大学・藤川先生の以下エントリーが、学会参加への心構えとして大変参考になりますので、リンクを貼らせて頂きます。同じ学会に重ねて参加していると場慣れが過ぎ、貴重な出会いやインプットの機会を逃しかねません。毎回新鮮な気持ちで、好奇心を失わないように参加したいと思い直しました。

日本教育工学会全国大会、よい形で参加するために: 藤川大祐 授業づくりと教育研究のページ
http://dfujikawa.cocolog-nifty.com/jugyo/2011/09/post-bab7.html