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国難を乗り越えるための、私の小さな2つのアイデア

東日本大地震から10日間経ちました。この週末は家族とともに、妻の実家がある大阪に「疎開」しています。東京を離れることの心苦しさもありましたが、おかげさまで家族共々少しずつ元気を取り戻しつつあります。

先日、MITの飯吉先生より以下のツイートがありました。

http://twitter.com/#!/iiyoshi/status/48748283170004992
日本全国の大学生・大学教職員の皆さん、この連休中に、今この国難を乗り越えるために、是非大学にしかできないことや大学人の叡智を結集してうまく率先できることを考え、休み中や休み明けに同僚や仲間と話し合ってみてください。また、アイデアなどをツイッターやブログで大いに発信してください。

これを受け、私が一人の大学教員として何ができそうか、考えてみました。素人考えのため、本当に実現できるのか、意味があるのか、議論があるかと思います。構想を深めて批判も受けつつ、引き続き自分に何ができるのかを考えていくつもりです。

アイデア1:被災地にて、新しい学校建築の提案につながるフィールドワークを行うかねてより、学校建築は地域において、子どもの学びの場としてだけでなく、災害など緊急時に人々が当座をしのぐ避難所としても想定されてきました。学校にはその備えがありましたが、今回の震災でその想定が十分でだったのか疑問が持たれています。ここ最近、東北・関東地方の学校では、避難した人々が底冷えのする体育館や教室で睡眠を取られ、物資の不足や通信インフラの途絶に苦労されていると報じられています。

この問題を看過せず、学校建築を再考する貴重な機会と捉えてはどうでしょうか。例えば学校の避難所に、建築学・社会学・教育学など幅広い分野を専門とする教職員や学生が赴き、現地で支援活動をしながら中長期的にフィールドワークを行い、「緊急支援施設」としての学校建築の問題点や改善点を洗い出すのです。そこで得られた知見から、建物の強靱性や必要な物資の保管、独自の通信インフラの整備など、新しい学校建築に求められる有意義な提案ができるのではないでしょうか。

なお、私の専門分野である教育工学では、伝統的に学校建築が研究テーマの一つとして掲げられてきました。このような蓄積された知見を生かすことも有用でしょう。
CiNii 論文 -  学校建築計画研究の展開-30年
http://…

出張中の地震。札幌で足止めの後、帰宅。

金曜日の地震からまる2日経ちました。被災された方々に、心からお見舞いを申し上げます。

おととい私は、出張先の北海道大学から帰宅途中、新千歳空港で地震に遭いました。受付カウンター前のソファーに座っていた時に揺れを感じました。長い横揺れが続き、天井から吊ったポスターが大きく揺れ、窓ガラスの枠からもミシミシと音がし、床に立てていた看板も倒れました。逃げる場所もなく、自分の荷物を横たえて倒れないようにし、隣の人に声を掛けるのが精一杯でした。

その後、滑走路の点検が始まりましたが、余震も続き運行は1時間程度止まりました。プロペラ機から発着が始まりましたが、羽田行きの便は出発のめどが立たず、程なく私が予約していた便も欠航になりました。その場ですぐ、iPhoneで札幌市内のホテルの予約と、翌日便への予約振替をし、午後6時頃には札幌駅に引き返しました。

空港と宿で、家族とオフィスへの連絡を試みましたが、連絡が取れず気を揉みました。テレビやネット上のニュース、Twitterのタイムラインを見るうちに、大変なことになっていることを知りました。暫くして、家族とオフィスと連絡がつきました。オフィスの方々は学内で避難していました。嫁さんはちょうど上京してきた友人と都内にいて、新幹線で帰った友人を東京駅で送り出した後、徒歩で帰宅していました。

私はその翌日、夕方に帰宅しました。都内は思った以上に落ち着いており、家族にも会い一安心しました。原発のことや、余震の可能性もありまだ油断は禁物です。今日はひとまず、余震に備えて家の整理と防災グッズの確認を行いました。明日からはオフィスの片付けも始まります。メリハリをつけながら、復旧と警戒につとめたいと思います。